時間に追われてしまうと、心の余裕もなくなり、もはや自分が何をしたいか
すらわからなくなることがあります。
やりたいことがなくても、まずは時間を作ってみよう。
心の余裕(遊び)
機械や車のハンドルには遊びがあります。
円滑に安全に動かすために必要な遊び。
心にも、遊びが必要です。
心の遊びとは、言い換えれば余裕でしょうか。と
遊びがないと、些細なことに心が過剰反応し、
悲しくなったり、怒ったりしてしまいます。
普段なら流せることを流せなかったり。
被害感情が大きくなったり。
あるいは、感情が動かなくなってしまう。
意欲や興味関心がなくなる。
なんでもいい、どうでもいい、という状態です。
真面目な性格の人を「遊びがない」と言ったりしますが、
私がここで書く遊びがないとは、真面目かどうかとは関係がなく、
別の意味です。
心の余裕(遊び)=時間の余白
心に余裕があるときは、心の遊びを作ることができる。
自分ひとりで没頭できる趣味の時間をとる。
小説をじっくり読む。
友人とたわいもない雑談をする。
ちょっと遠回りして帰る。
贅沢にコンビニで新作のお菓子を買って食べる。
ただただ、ぼーっとする。
心の余裕は、時間の余裕(余白)がないとできないものです。
時間に追われて、あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ、
と頭の中が常に「締め切り」や「TO DO」でいっぱいになると……
遊びをする意欲がわいてこないものです。
ともすると遊びに罪悪感をもってしまうこともあります。
本当は、ほんの1時間遊んだくらいで致命的なことにはならないのに、
その時間をとって遊ぶことが怖くなってくるのです。
時間があったら○○しようはダメ。
時間は作るもの。先に遊びの時間を確保すべし!
と巷ではよく言われて、それは本当だと思います。
しかし、日々仕事やら何やらに追われていると、
「時間があったら○○をしよう」ということすらなくなってしまいます。
別に何もしたいことはない、と。だから遊ぶ時間も作らないまま。
悪循環です。
予定なしの空白時間をまず作ってみて考える
では、本当にやりたいことはないのか?
心の余裕を作る遊びを求めていないのか?
そんなことはないです。
余裕をつくる余裕がなくなってしまっているだけです。
そのままだと、遊びがない機械やハンドルで人生を動かしている
ようなもので、危険です。
どうしたらよいか。
やりたいことがなくても、時間を作ってみることです。
やりたいことができたら、といっていたら、無限ループのように
心を遊ばせる時間を作ることができなくなってしまいます。
なにも予定のない時間を作ってみて、そこに身を置く。
旅行や趣味の時間を計画する必要はないです。
(そもそも、やりたいことはない状態なので)
空白の当日に、そのとき感じたように行動してみる。
それこそ、ただぼーっとするだけでもよいので。
一日、二日では、心の余裕は復活しないかもしれません。
それだったら、予定のない時間の空白を定期的に作る。
せっかくの休日がもったいないという精神で、
無理にしたくはない遊びをしたら余計に疲れてしまうので、注意です。
何も特別なことはしなくてよい(なんでもない日バンザイ!)と思って
過ごすうちに、遊びたくなる心の余裕が生まれるかなと思います。
便利なツールがあふれていて、手持ち無沙汰になるのが難しい今の時代、
何もせずにぼーっとするのが一番難しく、贅沢な遊びかもしれません。
ということで、ぼーっと過ごしたら
「世界で一番贅沢な休日を過ごしたワタシ」と思うことにしよう。
【編集後記】
スマートフォンの通信回線を乗り換えようかと検討中。
例によって、色々比較してやや疲れ、決まらず。