今日の幸せは自分で作り出せる、と思ったこと。
とある一杯の麦茶より。
サマータイムはじまる
6月末から始まった私のサマータイム生活。
タイムスケジュールはこんな感じです。
《仕事がない(メインではない)日》
6時~9時:畑作業
9時:朝食、掃除など
10時~11時半:畑作業
シエスタ&昼食
昼食後:日記や読書
15時半~:畑作業
18時半:夕食、掃除、お風呂、その他諸々、フリータイム
21時半:就寝
仕事メインの日は、6時起床で田んぼの見回り、7時朝食という具合。
このような日常の中、幸せとはなんぞやと、あらためて考えました。
汗の量で変わる味覚の世界
事務所で扇風機に当たりながら飲む麦茶と、畑で滝のような汗をかいた後の麦茶。
材料は同じなのに、味わいは別次元です。
仕事の途中で飲む麦茶も、もちろん美味しいです。
事務所にクーラーはあるものの、基本的には扇風機なので、そこそこ汗はかきます。
仕事のときに飲む麦茶も美味しいです。
でも、畑でたくさんの汗をかいた後の麦茶は、もはや「飲み物」という次元を超えています。
のどが渇いた、ではなく身体が渇いた、という状態なので、
飲むと身体が「生き返った!」となります。
事務所での麦茶は「水分補給」。 畑仕事後の麦茶は「生命の水」。
同じ麦茶なのに、後者は神が作りたもうた甘露としか思えない美味しさです。
そんな大げさな。となるけれど、本当に麦茶への感謝は尽きません。
「えいや」と外へ出た先にある至福
外は暑そうだな……という状況で「えいや」と外に飛び出す。
全身水をかぶったかのような汗をかく。目に入った汗がしみて痛い。
でも、その「えいや」があるからこそ、冷えた麦茶が最高の報酬になる。
そして、ぐったりした身体を横たえるシエスタの時間が、これ以上ない至福の時となる。
2022年に出演した演劇にこんなセリフがありました。
旧約聖書のコヘレトの書から生まれた言葉です。
私は「空しい」と書いた。
宇宙も空しいところから生まれ、空しいところへ帰っていくだろう。
人も、空しいところから生まれ、やがて死んで空しいところへ帰っていく。
その中で、やれること、できることは、何なのだ?
空しさを嘆くことではなく、
空しい中に帰るのだから、目の前の楽しみをありのままに受け取り、
そして与えられた肉体を使って人のために尽くす。人はそれを労働というが、
その労働の疲れを楽しみながら、深い眠りを得る。
私は敢えて、「こころ」とは書かなかった。
親しい人と、食べること、飲む事を楽しみ、会話を楽しむ。
そこには自ずと穏やかな心、優しい心、利他心が生まれ、
その優しさが次々に広がっていく。
敢えて、向上心とか、進化進歩を言わなくても、
人は幸せな心でいたら、導かれるようにモラルを高めていけるのだ。
このセリフが、今の生活でリアルに腑に落ちます。
我慢の先の幸せという罠
私は、ついこんな思考パターンに陥りがちでした。
今=我慢して耐える
未来=その我慢の先に幸せがある
そうやって生きていると、常に今に幸せを感じられず、ずっと我慢・忍耐の日々になってしまいます。
自分の経験によると、今我慢して待っている”幸せな未来”は来ないのです。
我慢して耐えていることすら日常になってしまい、耐えていることすら気づかなかったり。
もちろん、成長には負荷が必要です。
でも、その時間に喜びや楽しさが一片もなく、ただ耐えて苦しいだけの時間だったら?
人生の意味を見失ってしまう。
高尚な目標より大切なもの
高尚な志や目標を立てるより先に、まずは
• 好きな人と「美味しいね」と言って食事をすること
• たわいもない会話を楽しむこと
• 深い眠りにつけること
私はいつも、このささやかな幸せを大切にしたいと思っています。
簡単なことに見えて、ある意味とても難しいことでもあります。
実は、高い目標に向かって心を閉ざして頑張るのは、閉じている分楽な面もあるのです。
これまた、経験上。
近しい人と関係をとって日常を大切にする。
関係を取ることから逃げて閉じる癖がついていると、その当たり前に思えること(人との関係のとりかた)がエネルギーがいることになります。
人は本来群れでいることが安心だし、子供というのは放っておけば友達を作りだがるもの、
とある人にそう教えてもらったことがあります。
その人間本来の姿に照らすと、自分は非人間的になっていたのか?と危機感を持ちました。
仲良しごっこや、同調圧力、という負の意味の『群れる』ではなく、
人としての本来の幸せ、数は少なくとも、気の置けない友人や家族との時間を幸せと感じられる自分でいたいなと思います。
確実な未来の喜び
さて、我慢して耐えても幸せな未来は来ない、と書きましたが、
「耐えた先の喜び」は、本当にこの世にはいっさいないのか?
いや、ありました。
汗が目に入ってしみる痛みに耐えたその先にある喜び=冷えた麦茶、です。
この未来(数時間後)の喜びは確実にあります。
汗をかいた後の食事でいただく、冷や汁も最高の幸せです。
景気に左右されることも、相場に影響されることもない。
何年も先の幸せではなく、すぐその日に味わえる幸せ。
汗をかけば、必ず麦茶は美味しくなる。確実な幸せへの投資です。
まとめ:幸せは今日作れる
幸せは今我慢して未来に待つものではなく、今作るもの。
汗をかいて、渇いて、そして味わう。
このシンプルな循環の中に、人生の豊かさが詰まっている。
そういう、一日完結の幸せや喜びを、明日も見つけたいです。
【編集後記】
とはいえ、本当に本当に、熱中症には気を付けましょう。
疲れたら休む。
幸せを感じられるくらいの余裕は身体に残しておきます。