岡山県の鳴滝に行ってきました。
滝の高さはそれほどないけれど、幅が広いのが特徴です。
土曜日の午前中でしたが、人はまばらで、ほどよい気温の中、木陰の道を気持ちよく散歩しました。
芭蕉さんと私、同じ気持ち?
「しばらくは 滝にこもるや 夏(げ)の初め」
松尾芭蕉の句です。芭蕉さんは栃木の裏見の滝で詠んだそうです。
滝の裏にこもっていると、僧侶が行う夏行のような気分になったという意味。
この句は、栃木県の裏見の滝で詠んだ句とのこと。
私は、岡山の鳴滝。立秋も過ぎた8月9日。
家から車で1時間とちょっと。鳴滝森林公園に到着。
滝に向かって右手の遊歩道を歩く。川辺に降りると、大きな岩が。
その岩と岩の間に絶妙な隙間を発見。そこをくぐると、滝が現れた。
「おお、なんとはなしに芭蕉の気分」
芭蕉さんも案外、こんな風に岩陰からひょっこり滝を眺めていた…‥‥かもしれない。
当たって砕けていない、水
川の流れる音。滝つぼに落ちる水音。
人工的な音はストレスになるのに、自然の音は大きくとも心を落ち着かせる。
川を眺めていると、流れに心を任せているような気持になる。
水は自然に抗わず流れていく。無理をしない。岩にぶつかれば迂回する。
しかし、その自然な流れで水は大きな岩すらも削っていく。何年もかけて。
水が岩を削るというのは、不思議なことに思える。
水は岩にあたって砕けているように見えても、実は負けていないんだなあと思う。
その瞬間の見た目では、長い目で見た将来はわからないんじゃないか、
なんて哲学したりもする。
キャンプ場入口で見つけたアジサイは、すでに花の季節を終えていました。
それでも青のアジサイは日陰で色褪せながらも咲いていました。
6月にはこの遊歩道はアジサイ小道になっていて、美しかったんだろうな。
そこも今は夏の緑の世界でした。
この日は、短時間の滞在。
ダムまで歩かなかったのも、磊々橋まで行き、橋を渡り、また戻ってくる。
今度はキャンプ場のある響の小道をまた磊々橋のあたりまで歩く。
滝見台に上って、上から滝を眺める。そうして1時間ばかりがたった。
身体をかがめて岩の間をくぐって見た滝の姿。
岩々の間を流れる水。ぼーっとする時間。滝、いいですね。
芭蕉さん、ありがとうございました。おかげで良い一日になりました。
次の滝はどこへ
私は夏には一度は川と滝のある場所に遊びに行きます。
海より手軽に、思い立って行けるのが良いですね。
遊びに行くと滝に打たれることもしばしば(水着を中に来て濡れてもOKの状態でいく)。
岡山県内にも、たくさんの滝があります。
滝マニアではありませんが、いろいろめぐってみたくなりました。
さて、次はどの滝に行きましょうか。