最初の一歩が難しい……二歩目も意外と難しい

継続 目標 生き方
歩幅は狭くても、次の一歩を出せば前に進みます。

ブログをはじめるという、なかなかに高かった一歩目のハードルを超えた。
二歩目は、毎日の継続。そして小さな変化・進化を重ねること。
これもなかなかに難しい。

はじめたことで満足してしまう私

新しいことをはじめるには、
居心地のよい”昨日と同じ今日”を打破しなくてはなりません。
教えてもらう等、他力で始めるきっかけを作る。
誰かに宣言する。
そうして、人の力を借りてはじめざるを得ない状況を無理やりに作ってしまう。
火種をもらい、着火してもらう。

このブログも、他力(セミナー)のおかげではじめることができました。
もちろん、他力があれば必ずはじめられるということはなくて。
本当に自分が”それ”をはじめたいという思いがないと、いくら誰かに着火して
もらっても、燃えません。火をつけるための材料は自分の内側に必要です。

○○をはじめたい、できるようになりたい。
と思っても、なんやかんや先延ばしにして他力を借りるために動けないときは、
本気でやりたいと自分は思っていないということ。
あるいは、必要に迫られていないということ。

さて、他力を借りて、はじまった。
それはとても喜ばしいこと。一番の難関、一歩目を乗り越えた。
でも、そこで満足してしまう恐れが多分にある。
はじめることが難しいから、はじめたら目標を達成してしまったような
気がするのです。

新しく始めたことが、例えばギターを弾くことだったら……
はじめてもすぐに1曲弾けるわけではないので、はじめただけで満足とはならない
と思います(継続のハードルも高いという側面もある)。

しかし、例えばこのブログ。
内容の良し悪しはさておき、まとまった文章を書いて公開するというのは、
書く時間さえとれば、初心者でもできる。
もう一度書きますが、内容の良し悪しはさておき。
ギターよりも、満足しやすい。それがとても困った問題なのです。
この「はじめたことで、満足しがち」ということ、自分にはけっこうあります。

一歩目は他力、二歩目以降は自力?

人の力で一歩目を乗り越える。では、二歩目は自力なのか。

自力と他力のハイブリットが良いと思います。
着火はしてもらった後は、酸素を送ったり、木材を追加投入したり。
燃え尽きたり、鎮火しないように。
燃え続け、なおかつ火を大きくしていくための材料は、
自力と他力の両方で作っていきたいものです。

自分で長期、中期、短期の目標を設定したり。
アウトプットする機会を作ったり。
あるいは、始めたときと同じように、周りの人に目標を宣言したり。
同じ目標に向かっている仲間を作ったり。
仲間といっても、リアルで知り合いにならなくても、一方的に目標の人、
仲間と思える人を定めて、その人の発信から活動を追うという方法で
よいと思います。

しかし、自力で作っていく二歩目は、一歩目と同じくらい難しいと感じています。
ですので自分の場合は、ハイブリットのうち、他力の割合を多めで、二歩目以降の
燃え続ける材料を投下していくのが最善策かと思っています。

燃料は人からもらえるが、舵をとるのは自分

自力が弱いのは、その行為を始めた目的、続ける目的が、曖昧になっているからです。

続けるうちに、最初の目的から変わっていってもいいと思います。
むしろ、続けていると、新しい目標が見えてくることが多いです。
おおむねこっちの方向に進む(生きる)という進路、生きる軸が定まっていればOK。
そうして前に進むほど、それまで見えなかった新しい景色が広がり、
目標も更新されていきます。

目標がなく、その行為自体が目的になると、惰性の二歩目が延々と続くようなことに
なってしまいます。いわゆる、手段が目的になってしまう、という、あれです。
最初は手段が目的でも良くて、続けていくことに意味があるかと思います。
しかし、それだけでは、どこにもたどり着けない。
私は、どこに向かうのか、それは自分で見定めなくてはいけません。

他の人の力は、歩みを進める力にはなってくれるけれど、どこに向かいなさい、と
指示はしてくれません。
燃料は他人から助けてもらっても、舵をとるのは自分。
ただ海の上をただよっているのではなく、進路を決めて舵をとっていこう。

 

【編集後記】
仕事でも、今日は他力をだいぶ借りた一日でした。
判断が難しい問題について、意見をもらいました。
最終的な判断は当然自分なので、今週いっぱいと期限を決めて、
判断材料をもう少し集めたいです。

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